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こんにちは!三平です。
今回は大阪市生野区にやって来ました。生野区と言えば「焼肉とキムチ」です。訪問したのが夕方、香ばしい焼肉の匂いを嗅ぎながら鶴橋駅から今里方面に歩いて約20分、中川という名の運河を越え、今里筋を東に渡って南に少し下がった比較的大きな通りに山市材木店さんのお店がありました。前述の中川周辺にはかつて42軒の材木屋さんが軒を並べていたそうです。この連載で何回も述べてきたように「川と材木屋」は切っても切れない間柄だったのです。 |

↑ 会長夫妻とお孫さん |
まず挨拶したのが先般ご子息に社長を譲った山本多市郎会長さん、続いて現社長の山本敦史さん。多市郎会長は昭和9年生まれ、まだまだお若いのですが、きっちりと息子さんに社業を譲られたのです。三平の好きな会社のルーツは会長から、現在と将来展望は社長からということで、今回は会長、社長の二部構成で綴ります。「世代交代、斯くあるべし」―ですね。
同社は昭和5年に多市郎会長の父義一氏が創業されました。当時の中川1丁目、今の会社がある所にも川があったそうです。多市郎氏は高校を卒業して塩木徳治さん経営の徳三商店に入り修業を重ねられました。徳三商店は大正区千島町にあり数年前までは相互市場の問屋を営んでいた有名な材木屋さんです。徳三では4,5年住み込みで勤め、家業に戻ったのが昭和33年。従来の米松の再割材と建具材の販売に加えて、徳三で学んだベニヤや新建材を扱い始めました。ここで木材業界の専門用語が2つ出てきましたね、米松と再割。米松とは正式名称はダグラス・ファーと言い、アメリカ西海岸のコースト山脈・カスケード山脈周辺に群生する典型的なアメリカの木です。米材と言えば米松、それ程有名な木です。日本では主に構造材として使用され、特に梁や桁には最適です。丸太は丸太のままでは使えません。だから丸太を製材して板や柱にしますが、もっと大雑把な盤にする場合があります。その盤を使用目的に応じて再び製材するのです。いろんな用途に向くように製材出来る素材を「盤」と呼び、「再割材」とも言います。だから盤を買って自分で製材したり、盤のまま販売することもあるのです。牛一頭(丸太)買うのではなく肉のブロック(盤)を買ってきて適当にスライス(板)して食べるのと同じことです。 |

↑ 店前 |
余談が長くなりました。法人改組は昭和39年2月1日、木材業界が隆盛を極めた頃です。「木材を肩に担いで運んだ。内本町の坂を横付けの自転車に木材を積んで運んだ。大変やった」―この苦労は戦前戦後の材木屋さんはみんな経験しています。車がなかった頃はそれはそれはご苦労でした。当時の材木屋さんは運搬業務が主だったとさえ思えます。フォークリフトとチェーンソーが材木屋を変えた、とよく言われますがまさにその通りです。「よう儲かった、特に昭和50年代には高額納税者にもなった」と山本会長。「今は昔」ですね。なかなか儲からないのが今の木材業界です、ああ残念。4年前に大病してしばらくたってから次男の敦史さんに社業を譲られました。次に登場するのが現社長の敦史さんです。
名刺交換して気づきました、山市材木店が山市材「杢」店になっています。この「杢」がこだわりだと敦史さんは力を込めます。『材料を売るのではなく人を売る。在庫して待っているのは商売ではない。材料屋の材料知らず。材料屋の建築知らず。提案がないと駄目、提案して仕事をとる』―これが私の目指すところです、と。彼は2級建築士の資格とキッチンスペシャリストの資格を取得しています。 |

↑ 敦史社長と綾子奥様 |
「木の事、あんまり知らなかった」と敦史社長。木材の流通業は片目で見ながら、住まう人を見て商売したい。ターゲットは自分の年齢層、感性の合うクライアントです。設計はもちろん、施工まで請け負い、本物住宅(店舗)を指向している。一番大切なキーポイントは「デザイン」だという。普通の大工が手がけないニッチな仕事が多いとのこと。決してPRしないのですが客が客を呼んでくれます。「安もんの建売買うのなら古い家をリフォームしたい」―そんな人が増えているという。和風は決して「和」ではない、単なる「風」だ。敦史語録を聞いているととても歯切れが良く気持ちがいい。 |

↑ 店前 |
こだわりはW・ウッドをやめたことにも表れています。スギに変えたそうです。大工さんに言われるままに材料を持っていくと、逆にこれが材木屋の仕事かと思われてしまう。だから大工さんに訴えて、スギに変えました、と。W・ウッドとはヨーロッパ材(北欧)の集成材のことです。ラミナー(薄い板)を張り合わせて柱に加工した材料で狂いが少なく、加工度も高いので現在の木造住宅の主流になっています。建築現場に行けばすぐに「これがW・ウッドか」と気付きます。色の白い5層張りの柱がW・ウッドです。
今、山市さんのキャッチコピーは「変幻自在な材木屋」だそうです。その心は―設計ができる、工事ができる、材木も販売する、そしてそれらを組み合わせる。
一般の人は大歓迎、ウェルカムだそうです。趣味はサイクリングと建築巡り。綾子奥様と仲むつまじい姿をお店で拝見しました。 |
最後に同社が手がけた作品集を紹介します。
(1)奈良帝塚山の「一戸建て付き庭」・・・庭付きの一戸建てではありません。コンセプトを添付しました。
『自営業で共働きの施主夫婦は、忙しい生活の中での「くつろぎの場」、また知人や友人を招くための「出逢いの場」として、仕事以外の時間を家族やそれを取り巻く人々と共にゆったり、のんびりと過ごすことができる住まいを要望されていた。しかし敷地には建ぺい率40%、容積率60%、しかも壁面後退1.5mという厳しい法規制が掛けられており、この条件をハンデとしてではなく、あくまでも敷地固有の特色と捉える大胆な発想の転換と、建物以外の余白を最大限に活かすプランニング手法が必要とされた。さらに「くつろぎの空間を木造で」という要望がそこに加わり、この家の計画が方向付けられていった。施主の要望から私たちが導き出したコンセプトは、「一戸建て付き庭」。壁で囲まれた2階をプライベートな「ウチのウチ」、ガラスの皮膜に包まれた1階をセミ・パブリックな「ウチのソト」、建物の周囲に巡らせたデッキを「ソトのウチ」、周辺の景色を「ソトのソト」と意味づけ、室内が屋外空間へと段階的に広がり、最終的には外部環境を家の中へ取り込むことを考えた。屋外へと広がっていくシークエンスを遮ることのないように、室内もできる限り建具は設けず、空間どうしを柔らかく繋げていくことを心掛けている。したがってキッチンやダイニング、リビング、そして個室というはっきりした区分けはなく、空間から空間へと自由に行き来できることがこの家の特徴のひとつとなった。また構造的になくすことのできなかった壁などは半透明の素材で覆い、光や人の気配を感じられるようにするなど、限られた空間を実際よりも広く感じさせる工夫を施している。さらに1階の大きなサッシを開放させると、「ソトとウチ」がダイレクトに繋がる。例えば多くの客人を招いたホーム・パーティでは、室内・屋外といった境界を意識せず、それぞれが好みの場所を行き来して楽しむ。この家にはそんな場面がよく似合う。かつてわが国の人々は、紙と木でできた家に住み、今よりももっとうまく自然を取り込んだ生活を送っていた。ところが近年、住宅の高断熱化・高気密化が進んだ結果、家が完全に「ソト」から隔絶され、自己完結したつまらない存在になり下がっているように感じられてならない。この家では、私たちが無くしてしまった「ソト」の世界との関係性や、それを基にした喜びや楽しみを日常に取り戻すということをうまく表現できたのではないかと考えている』
家族構成 30代夫婦
躯体構造 木造
建築面積 105.99u
設 計 タカヤマ建築事務所+且R市材木店/a・建築研究所
施 工 株式会社山市材木店 |

↑ 一戸建て付庭全景 |

↑ 一戸建て付庭 |

↑ 一戸建て付庭内部 |
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(2)猪飼野の「ロフト・ライブラリー」
『木造2階建て倉庫の2階部分をコンバージョンした、打ち合わせスペースです。「巾約7mもある、南側壁面をいかに使うか?」が今回のメインテーマでした。そこで考えたのが、壁と一体の、窓までもを取り込んだ本棚。説明するまでもなく、本は直射日光に長時間当てると劣化してしまいます。でも南側の窓のまわりに本棚をつくれば、太陽を背にして日光を受けることなく保存でき、その事態は避けられる。壁面を利用するのでスペース効率もよく、1箇所に集約されているので、何がどこにあるかが一目瞭然というわけです。さらに棚が窓枠も兼ねているので、見た目にもすっきり。そしてそこに、最近ではあまり見かけなくなった紙貼り障子をはめ込み、天井いっぱいまで整然と並べられた本棚に、やわらかな明りを添えています。半透明のアコーディオン・カーテンや、乳白色ガラスのドアもそれに似た風合いをかもし出し、それぞれが呼応しあうことで空間全体の緊張感を和らげる効果を狙いました。床と天井にはサクラのフローリング、壁にはシナベニアと、一部アクセントとして調湿性のある素材を使用。全体を通して「ほっ」とするような空気感を演出しており、そこはまるで外の喧騒から隔絶されたライブラリーのようです。でき上がりがシンプルな分、そのように見せるのに手間の掛かった部分が非常に多く、仕上がりと予算の調整に四苦八苦した現場でしたが、結果的に質感の高い作品ができ、それだけの価値はあったと考えています』
躯体構造 木造
建築面積 36.46u
設 計 株式会社山市材木店/a・建築研究所
施 工 株式会社山市材木店 |

↑ 猪飼野のロフトライブラリー |

↑ 猪飼野のロフトライブラリー内部 |
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(3)南船場の「セルフビルドな蕎麦屋」 (そばごと ぼっかけや)
『繁華街のはずれにある蕎麦屋さん。もともとはイタリア料理店だった店舗のリノベーションです。「とにかくローコストで、和を感じられる空間を」という若いオーナーご夫婦のご要望に頭をひねって出した答えは、お施主様による「自主施工」でした。床板の貼替え、飾り棚や建具の製作、外部デッキ設置などの大工工事、外壁の佐官工事と塗装工事。今回私たちが請け負ったのはここまで。そしてお施主様には、木部の柿渋塗りと壁の珪藻土施工で工事に参加していただきました。柿渋とは柿を圧搾してできた液体で、タンニン・エキスを多く含み、昔から染料や塗料として、またお酒の醸造過程で使う清澄(せいちょう)剤、そして飲用の薬としてなど、幅広く用いられて来ました。これを木に塗ると味わいのあるとてもいい色になります。また珪藻土も古くから伝わる素材で、調湿・脱臭効果に優れ、最近では健康ブームの影響から再び注目されています。両方の素材に共通して言えるのは、安心できる自然素材で、養生さえしっかりしておけば専門の技術がなくても施工が出来るという点。ローコストでなおかつこだわりのある空間を目指す今回の工事には、まさにうってつけの素材だったわけです。おかげで実際の工事費は厳しい予算をさらに下まわり、余った分を予定では別途になっていたテーブルや椅子の製作費にまわすことができました。とは言っても、家具屋さんに製作を頼むほどの余裕はなく、床材や棚で使った材料をうまく流用し、大工さんにつくってもらうことになりました。少し無骨ですが、これはこれで味があって、シンプルだけどあたたかみのある内装にしっくりと馴染んだものができ、お施主様にも大変喜んでいただくことができました。開店からもうすぐ3年。自慢の自家製蕎麦や選りすぐりの日本酒・焼酎とともに、お施主様自らが愛情を込めてつくられた空間が、今夜もまた多くのお客様をお迎えしていることでしょう。』
所 在 地 大阪府大阪市
主要用途 店舗
躯体構造 鉄骨造
建築面積 31.16u
設 計 株式会社山市材木店/a・建築研究所
施 工 株式会社山市材木店 |

↑ 新町のそば屋 |

↑ そば屋内装 |
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| 山本社長、長時間ありがとうございました。また、貴重な写真をたくさんメールしてくださって有難うございます。 |
株式会社山市材木店
〒544-0005
大阪市生野区中川1-7-14
TEL 06-6753-0635
FAX 06-6753-1841
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